「食べる」ことが出来るしあわせ

12月31日 大晦日、カニ鍋を食べたいと言う。

兵庫県の香住から取り寄せた蟹。

スープを一口飲んで「あぁ おいしい。ありがとう」

それが最期の食事となりました。

点滴でいのちをつなぐ

元気だとお腹がすく。

元気がないと食欲もなくなる。

食べることができること。

それがこんなにしあわせなことだとは知りませんでした。

体調がすぐれなくなって、

横になっている時間が多くなる。

眠りは浅い。

1日中、うつらうつらを繰り返す。

「食べたいものある?」と聞いても

「今はない」という返事が返ってくる。

その頃は点滴。

そして、気持ちばかりの食事をする。

夫は亡くなる3日前まで、ずっと家にいた。

何度も入院をすすめられたけど、

絶対にイヤだ!と言い張った。

その代わり毎日点滴に通うと

主治医と約束をした。

病院まではそう遠くない。

朝、連れて行き

終わるころに迎えに行く。

大晦日もお正月も休むことはない。

点滴でいのちをつなぐ。

そんな日が35日続いた。

大晦日はカニ鍋だ!

「大晦日、カニ鍋食べたいなぁ」

「カニ鍋、いいねぇ」

長男と三男もカニが大好物。

「携帯取って!」

そう言いながらうれしそう。

仕事で付き合いがあった人に電話をしていた。

その人は兵庫県の香住に住んでいる。

私たちは以前姫路に5年間住んでいたことがあった。

その時お世話になったようだ。

大晦日31日の朝、蟹の大きな箱が届いた。

病院に迎えに行った時

「蟹、届いたよ」と言ったら嬉しそうにニヤリと笑った。

送ってくれた人にお礼の電話をしている。

「行きたいけど、なかなか行けんわ」

たまには遊びに来いと言われたようだ。

蟹はB品。

どこかがかけていたりする。

その分調理が楽だったりもする。

カニ鍋を「自分が作る」と言いながら台所に立った。

だけど、包丁がうまく持てない。

力が入らないようだ。

相当悔しかったみたい。

「寝る!」

とひとこと。

頭から布団をかぶった。

「ご飯だよ」と言うまでそのままだった。

カニ鍋を見ると嬉しそうにテーブルに着く。

でも、いつものようなテンションはない。

口をつけるそぶりもみせない。

「さぁ、いただきましょう」そう言うと

「スープ、飲みたいなぁ」と言う。

「飲ませてあげようか?」とスプーンを口に持っていくと

ホンの少し口に含んで

「やっぱりカニ鍋はうまい!」

そう言った。

ゆっくりと、3口ほど飲むと

「ごちそうさま、ありがとう」

そう言い、横になった。

これが口にできた最期の食事になってしまった。

カニ鍋なのに、

カニのダシ、

スープだけ。

食べたいものがあるという声を聞くのも

その日が最後になってしまった。

「食べる」ことが出来るしあわせをかみしめる!

食べることが大好きな人だった。

美味しいお店によく連れて行ってくれた。

そして、いつも美味しそうに食べる人だった。

特に餃子が好き。

それも義母のお手製が大好き。

作り方を習いよく作ってくれた。

作る餃子の数は少ない時で150個。

夫がアンを作る。

みんなで皮に包む。

ヒダは入れない。

具がいっぱい。

コレが夫のこだわりだ。

私は餃子を作ったことがない。

というか、

新婚当時、一度作ったことがある。

「なんか違う?」

そう言われて以来餃子は作らないと決めた。

餃子を作るのは夫の係。

月に一度、餃子とスープとご飯。

スープとご飯は私の係。

他におかずはない。

夫はよく餃子をふるまっていた。

誰かが家に食べに来ることもあった。

夫がよその家に作りに行くこともあった。

お気に入りの道具を一式持って。

食べるということ。

健康だからこそ、美味しく食べられる。

癌になってから、

食べることができるしあわせをかみしめていた。

ふたり一緒に。

カニ鍋、もっと食べさせてあげたかったなぁ。

あの大晦日以来、私も食べていない。

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