悲しみの5段階、気づいてあげられなかった後悔

わたしは51歳で夫を亡くしました。

わたしの母もわたしと同じ51歳で夫、わたしの父を亡くしています。

その時わたしは、母のことを気づかってあげることができなかったのです。

いまさらですが、申し訳ない気持ちでいっぱいなりました。

 

突然の父の死、深夜の電話で告げられる

 

わたしの実家は岐阜にあります。

岐阜市内から離れた交通の便が悪いところ。

 

今では高速道路もでき高速バスを利用できるのですが、

バスは岐阜から1時間に1本必ずあるわけではありません。

 

先日実家に帰る時は高速道路で事故があり、

1本待ってようやくバスに乗ることができました。

 

ちょっと不便なところに実家はあるのです。

 

父が亡くなった当時、わたしは兵庫県の姫路に住んでいました。

ちょうどむすこが1歳になったばかり。

 

父は亡くなる8日前に、

岐阜の田舎から姫路までむすこの誕生日を祝うために母と来てくれたのです。

 

東京から夫の両親も来てくれて、

わたしたち夫婦と、1歳のむすこ。

夫の両親。

わたしの両親。

 

7人でむすこのはじめての誕生日を祝いました。

 

どちらの家にとっても初孫で

とてもかわいがってくれたものです。

 

父が亡くなったちょうどその時、わたしは胸騒ぎを覚え眠れませんでした。

 

そんな時、真夜中の電話。

1回のコールでわたしが出たので母は驚いたようです。

 

「ちょっと、今、おとうちゃんが死んだみたい」

 

わけが分からない告げられ方。

親戚の人が事情を説明してくれて、ようやくなにが起きたのか理解できました。

 

その日父は会社の慰安旅行で温泉に行ったはず。

温泉に入っていた時、心筋梗塞になりそのまま逝ってしまったのです。

 

父の死によって急きょ会社の旅行は取りやめ。

慰安旅行を早々に引き上げることになりました。

(会社のみなさん、ホテルの方々には本当にお世話をかけてしまいました)

 

父はその日を楽しみにしていたようでした。

「今度むすこを連れてみんなで温泉に行こう」と言っていました。

 

夫の両親も一緒に楽しそうに話をしていたことが、昨日のことのように思い出されます。

 

母を思いやることができなかった後悔

 

わたしの夫が亡くなった時、母は80歳でした。

臨終に立ち会ってくれたのですが、こんなことを言いました。

 

「あんたは、こうやってふたり(義父と夫)を見送ったんやな。

 私はこんなことはじめて経験する。

 ほんとにようやった、たいへんやったな、ごくろうさま」

 

わたしは父を亡くした時、母にいたわりの言葉ひとつかけていなかったことに気がついた。

 

自分が夫を亡くしたその時まで、母のことを気にかけることすらしてこなかった。

 

自分の至らなさと、母に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

母の悲しみの5段階

 

夫が亡くなって半年ほどたった時、母とふたりめずらしくゆっくり話をしたことがあった。

 

そういえば、父が亡くなった後の母のことを知らないことに気がついたから聞いてみた。

 

お葬式のこと。

 

家のこと。

 

祖母(父の母)とのこと。

 

いろんなことを話すけど、よく覚えていないこともたくさんあった。

 

わたしもそうだ。

記憶があやふやなところがたくさんある。

 

母は当時父と同じ職場で仕事をしていた。

 

父の荷物を一緒に会社まで取りに行ったことを思い出した。

 

段ボールに入れられた、生前父が使っていたもの。

会社の人から渡された時、夫は泣いていたことも。

 

夫の荷物を会社に取りに行ったときも、同じだった。

 

こんな、

腕に抱えられるくらいの段ボール。

夫の人生の半分以上過ごしたものが、

たったこれだけなのか?

 

なぜかそう思ったことを思い出した。

 

母は言う。

「おとうちゃんのおかげや」

今も言う。

 

父の母、わたしのおばあちゃんと母はあまりうまくいっていなかった。

 

葬式のことや、戒名のこと。

祖母はいちいち口をはさんできたので、母はさぞかし大変な思いをしていたと思う。

 

母の悲しみの5段階はどういうものだったのだろう。

 

「そんなこと、もう忘れた」と母は言う。

 

今年は父の33回忌。

亡くした時は慌ただしさに追いやられたことだろう。

 

祖母との生活はどうだったのだろう。

 

母の悲しみはどういうカタチで弔(とむら)ったのだろう。

 

わたしが夫を義父義母を亡くさなければ、こんなことにも気がつかなかったのだと思う。

 

人によって悲しみの5段階も違うのだろう。

 

「悲しみ」って言葉、ひと言で片づけることに無理があるようにも思う。

 

自分がこうなって、

母の悲しみに気づいてあげられなかったことへの後悔。

 

父の33回忌目前の懺悔。

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